日々繰り返される神子としての生活と、それに伴う浄化による力の消耗で、
気丈に振舞ってはいるが、生気の乏しい表情が見えることもあったゆきである。
しかし、ここ数日は目に見えて表情が明るい。
特に都と顔を寄せて何か語り合っては楽しそうに笑い声をこぼすこともあった。
八葉たちは、一様に不思議に思いつつも、ゆきがほころぶように微笑む姿は心浮かぶことであったし、
相手も都であったことから、何か女性同士思うところがあるのだろうと、特段気にはしていなかったのだった。
[龍馬の場合]
「トリックオアトリートーっ!」
突如現れた真っ白なふとんの塊に謎の言葉を投げかけられて、龍馬は驚いて肩を跳ねさせた。
しかし、声は間違いようのない、ゆきのものであったから、すぐにその場で向き直り問いかける。
「一体どうしたんだい。お嬢」
訝る龍馬の前に真白いふとんから顔をのぞかせたのは、橙色の組紐で髪をくくった、これまたうって変わって愛らしい姿のゆきだ。
「龍馬さん。お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃいますよ?」
「は?」
意味が分からないということもあるが、常ならぬ趣向に龍馬は、知らず動揺した。
「か、菓子か?えっとぉ…」
慌てて懐を探れど、無いものを魔法のように取り出せるはずがないのである。
しばし錯乱状態だった頭を醒ますため、大きく息を吸う。
「で、いったい何なんだ?」
冷静を取り戻して、しかし惚けた顔で問う龍馬に、ゆきの後ろからひょいと顔を出した都が呟いた。反応遅ぇーよ、と。
「とりっくおわとりーと?」
「はい。ハロウィンと言って外国のお祭りです。私の留学していた国や、アーネストの国…イギリスでも。仮装してお家を回るんです」
ほぉ、と感心したように呟くと、俄然好奇心に瞳が輝く。
「その時に、トリックオアトリート!って言うと、お菓子が貰えるんですよ」
楽しそうに微笑みながらゆきが言う。なるほど、それで布団に橙色の組紐。お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ?なのか。一人口中でいま得た知識を反芻しながら、龍馬は得心したとばかりに何度かうなづいた。
「それじゃあ、何かお嬢にやらねばならんなぁ。しかし…」
思案するように手のひらを顎に当てて天井を見上げる。
「こんな面白いこと、俺にも先に教えてくれたら…!お嬢と一緒に張り切ってそこらを練り歩いたんだがな」
「バカなこと言うなよ。お前ひとりで行ってこい」
「いやいや、まこと世界は面白い事やモノでいっぱいだな」
「人の話聞けよ」
都のツッコミも上の空で、龍馬はしきりにうなづいている。
そんな姿を微笑ましく眺めていたゆきだったが、ふと思いついたように龍馬に言う。
「それなら、龍馬さんもお化けをやりますか?」
白い布団をゆらゆらと揺らす。
「お、いいのか?そしたら、俺がお嬢にとりっくおわとりーと!ってぇ声をかけたら、菓子をくれるのかい?」
「はい、勿論です」
「あ、でもお嬢になら菓子じゃなくてイタズラでも…」
「おい、そこの中年。くだらないこと考えてるんじゃないだろうな」
にこにこと微笑むゆきの隣でニヤつく龍馬を都が睨みつけて牽制するがそこは龍馬である。
「まぁ、何はともあれ実践だ!」
都の牽制などどこ吹く風で宣言した。
ゆきはゆきで、躊躇う都を口説き落として、龍馬とともに布団を被ってしまったから観念せざるを得ない。
布団を被れば、途端に視界は遮られて真っ暗になった。
「龍馬さん、前見えますか?気をつけてくださいね」
「ああ。お嬢が先導してくれるんだろ?大丈夫だ」
都が心配そうに傍らについている。
「都がついてきたら、みんな気付いちゃうよ。ちょっと待ってて」
次なるターゲットを見つけたゆきが、都に告げる。
「お嬢、一体誰を見つけたんだい?」
「ひみつです。行きましょう、龍馬さん」
「え、俺にも秘密ってぇのは…」
面白いじゃないか。
「トリックオアトリートーっ!」
「菓子がなけりゃぁ、イタズラするぜ!」
「うわぁっ!」
飛び出して来た白い固まりに驚いて仰け反ったのはチナミだった。
「な、何事だ。ってゆきか?坂本殿も!?」
「チナミくん。お菓子をくれないとイタズラしちゃいます」
「かーっ、情けないぞ。男たるもの、化け物ひとつに腰を抜かしていちゃぁいかん」
「そ、それは……」
龍馬のからかいにも素直な反応で口ごもったチナミがおさげ髪をいじっている。
ぱしんと、後方で何かを叩く音がした。
「ってぇ、帯刀!?」
「まったく。大人げない遊びでふんぞり返ってる場合?」
衝撃に布団をのけて後ろを見やれば、そこには小松帯刀があきれ顔で佇んでいる。
「後ろがら空き。男の何たるかが聞いて呆れるね。あと、ゆきくん」
ゆきを呼ぶと、彼女の手のひらに包みを落とす。
「さっきの答えだよ。イタズラされるのも楽しみだけど、黒龍の神子に命を狙われるなら割に合わないからね。お菓子あげる」
「わぁ、有難うございます。小松さん」
「それじゃあね」
用件だけ済ませると小松は去っていった。
「ようは、お前に菓子をやればいいんだな?」
チナミがおそるおそる聞いてくる。
「ううん。イタズラでもいいよ」
「ばっ、馬鹿かお前は。小松殿の話を聞いてそんなこと言えるか!」
菓子は後で持っていくと律儀に告げてチナミは去っていった。
「はぁー。こりゃぁ中々楽しいな。後は誰が残ってるんだ?」
「えーっと。瞬兄とアーネスト、高杉さんもです」
「なかなかの難敵ばかりだな」
こうまで、真っ当に楽しまれては警戒する気も削がれたのか、都も”少し休憩する”と言い残して去っていった。
「瞬は部屋か」
再び、ゆきと布団を被る。また真っ暗な世界が広がった。
「こんな布団の中からでも、まったく違った世界が見えるものなんだな」
「そうですね。小宇宙って感じでしょうか。ちょっと例えが大げさですけれど」
「しょううちゅーってのはなんだい?」
「そうか。えーっとですね…」
ゆきと話していると話題が尽きない。次から次へと新しい扉が開かれ、未知の世界を龍馬に見せてくれる。
「そういえば、俺もまだお嬢に何もやっていなかったな」
「ふふ。でも、龍馬さんはお化け役に協力してくださったからいいですよ。仲間です」
仲間か…。と、今聞いた言葉を反芻する。
「そいつも嬉しい申し出だが…、ならこういうのはどうだい?」
一時、布団をのけてゆきに向き合う。
「何ですか?」
「俺は、これからもお嬢のやりたいことに付き合うぜ。例えばはろうぃんとか、他にも…」
一度言葉を切って、確信を持って継ぐ。
「旅に出る時、新しい世界を見に行く時も、俺もお嬢に付き合わせてくれよ。もちろん、俺が旅に出る時はお嬢を誘うぜ」
「龍馬さん…」
「って、それは俺がやりたいことだから、俺ばっかり得しちまうな。これじゃ駄目か」
すると、目の前のゆきが満面の笑みで手を差出した。
「そんなことありません。龍馬さん、宜しくお願いしますね!」
「シェイクハンドか!ああ、宜しくなお嬢」
ぎゅっと握った手のひらの温もりは、過去に想いを寄せた彼女と同じに思えるのに。
果たして、この目の前の神子は一体誰で、何を見せてくれるのだろう。
「じゃあ、次へ行くか!」
「はい!」
再び固い誓いと、未来の約束を交わして。
(2012-10-23up)