yukimisyouji3

2014

『君に捧げる』

君と僕とが出会ったのは、冬の最中、12月のこと。
初めて言葉を交わし、初めて手をつないだ。
そして、君と心を通わせて共に歩むことを決めた初めの月。

有り体に言えば、記念日ならぬ記念月といったところだろうか。
僕と、そして君にとって大切な月として記憶されていたら嬉しい。

月日は経って、あの江戸での日々から今は遠く。
僕はこの世界に彼女とやってきて、すっかり現代人らしい生活も板に付いてきた頃。
再びこの月が巡ってきた。

「うん。今日も綺麗だ」
広めのバルコニーの片隅で声を掛けメモを取る。
お披露目の日を前に咲き誇る姿に口元がほころんだ。
これでも僕には特技が沢山あって、例えば自虐的なものでいうと草木を枯らす…というのも上げられる。
それは愛情の裏返しなのだけれど、そうすることで相手を押し潰してしまうこともあるのだと…、かつては押し潰してしまうことを厭わない自分を見て見ぬ振りをしていたこともあったけれど、今は真摯に「愛情を傾ける」ことを考えている。
愛しくて愛しくて堪らない。そんな相手が目の前に現れるなんて考えたことも無かった。夢で見た龍神の神子はあくまで憧れの天女であって、だからこそ僕を救ってくれる神々しいものでしかなく、期待を裏切ろうとするなら僕の想いで押し潰してしまっても致し方ない位に思っていた。

でも、今は違う。

彼女が愛しくて堪らない。
今なら、365日陰日向となって彼女の姿をこの目に焼き付けておきたいと願う気持ちが痛いほど分かる。その手で、筆を取って帳面に書き取って置こうとした気持ちがよく分かる。

365日、いつだって彼女をこの眼に映しておきたい。そして、その隣にはいつだって僕が寄り添っていたい。
何より悲しいのは君が僕を映さないこと。なお辛いのは、君が歩んでいくその未来を共に見られないこと。

いつ、いつまでも、君と共に居たい。
叶わないなら、どうか君を影から見守らせて欲しい。

「よし…」

思いを込めて書き綴ったメモ帳を閉じる。
そしてゆっくりと目の前の愛しい子を抱き上げた。

2015

『素敵な贈り物』

夜も更けて、もうすぐ年が明ける。
僕は彼女と自宅の居間でくつろいでいる。この後、零時を迎えたら初詣に行くのだ。
もう何度目かを数えるようになって、僕らの間の習慣になった。
やがて、近くのお寺から鐘の音が聞こえてくる。

新しい年がやってきた。

「あけましておめでとうございます。リンドウさん」
「あけましておめでとう、ゆき」

その年初めての挨拶を交わして微笑みあう。
もう何度も繰り返している習慣だけれど、今年は特別な年だ。

「少し早いけれど、ゆき。成人おめでとう」
「あ、そうですね。ふふ、ありがとうございます」

今年、ゆきは二十歳を迎える。
出会ってから四年間、僕は彼女を傍らで見続けてきたことになる。そして、それはこれからも続くことを願ってやまない。

出会った頃には知っていたことだけれど、彼女はとても努力家だ。そして献身的でもある。
この四年間勉学に励み、僕に心を砕き、周囲への気配りも欠かさない。本当に自慢の恋人と言うより他ない。
その恋人へ、大人になったら贈ると約束していたものを。

「ねぇ、ゆき。手を出して」
「はい、どうぞ」

躊躇いも疑いも無く差し出された掌を取って、甲に口づける。
そして、捧げるのは永遠に朽ちることのないリング。

「っ、あのこれ…」
「忘れちゃった?2年前に君が言ったんだよ。大人になったら欲しいって」

みるみる間に彼女の頬が紅潮していく。眦には透明の滴が漲り今にもこぼれ落ちそうになる。

「あの、これ…」
「嬉しい?そうじゃなかったら困っちゃうんだけど」

僕の言葉に、彼女が言葉にならず首を縦に振る。

「あとね、これだけじゃ芸が無いからもう一つ。これも一緒に」

ただ、ただ無言で感極まった様子の彼女に微笑んでから、昼頃大事に部屋へ移した特別な贈り物を運んだ。

「これも君に」

それは、白い薔薇の鉢植え。
この国で生まれた、君を思わせる名の真っ白な薔薇。
合わせて一冊のノートを添えて。

薔薇とノートを受け取った君が、ページをめくる。

「……っ!」

365日、この薔薇を君に贈ると決めてから毎日綴った観察日記。そして、君への一言。

「毎日、ゆきのことを考えなかったことはない。そう口で言うのは簡単だけれど、本当なんだよって伝えたかったから。書いてみた」

毎日、毎日。心を込めて。
君が愛しい。君が好きだよ。君を愛している。

「ちょっと気持ち悪い?重すぎるかな」
「……そんなわけないっ」

ついに声を上げて泣き出した君が、胸に転がり込んでくる。

「そんなわけない、そんなわけないですリンドウさん!」
「ふふっ、ひどい顔だよ。ゆき」
「だって、あんまりです。こんなもの貰ったら!」

嬉しくない筈がない。

そう言った彼女の涙でぐちゃぐちゃの顔がくしゃりと中心によって。

向けられた笑顔はこれまでで最高に素敵だった。

「今年も、その先もずっとよろしくね」
「はい」

【白薔薇の花言葉 心からの尊敬・相思相愛】

「はぁ、もういい加減にしてよね」

およそ晴れの日らしからぬ口調でリンドウがぼやいた。
「なんでぇ、折角の嬢ちゃんが居る正月だ。ちっとくらいはいいじゃねぇか」
「ちょっとねぇ…」
ゆきが、龍神の神子としての務めを果たして初めて迎える江戸の正月である。
ようやく小うるさい小姑たちも元の世界へ還した。  二人水入らずで過ごしたいところだが、正月は忙しいのが常である。
「まぁまぁ、もう一杯どうだい」
「あのさ、龍馬くんは国に帰らなくていいのかな」
「心配ご無用。呼んでくれたところが俺のふるさとってさ。人とのご縁に勝るもの無し。生まれの故郷は心にあればいいってもんじゃぁないんかね」
「よっ、龍馬よく言った!」
「へへっ、そりゃあ師匠がいいからなぁ」
恒例のあいさつ回りの最後に勝の邸を選んだのが間違いだった。
すっかり出来上がった龍馬と、もともとノリのいい安房守に捕まってしまってこの様である。
「しかし、お目付けは酒に強いな。俺ぁここまでの御人は久しぶりに見たぜ」
「公家育ち舐めないでよ。年がら年中行事で酒を飲まされるけど、酒に呑まれたら終わりだからね」
「ははぁ、そりゃ確かにそうだ。土佐ものは茶のように酒を飲むけど、宮仕えも大変っちゅうことか」
それにしたって、土佐の空吸は酷い。
正月から無骨な器を持ち出して底が尖っているから置くことが出来ない。歓迎の証にしたって、この調子で飲まされ続けたら体が持たないだろう。
ふと、横に目をやると、その空吸を手にしたゆきが笑みを浮かべて勝に相槌を打っている。
あんなにか細くて儚げなのに、この正月独特の耐久戦によくも倒れないものだ…と、妙な感心をしてしまう。

◇◇◇

はっきり言って、正月は忙しい。
それは武家でも公家でも大した違いはなく、元旦からてんてこ舞いだ。
特に、この世界、この江戸を守った功労者たる神子殿が初めて迎える正月ということで、当然のことながら、あちらこちらに引っ張り出されることになった。
断れば良いものを、彼女はそれにほとんど全部応えている。

まずは、元旦。
明け六つ半には登城して将軍以下幕閣達に年賀の挨拶をする。
異例中の異例だが、龍神の神子を伴いあいさつ回りをすることになったリンドウは大変だった。
ただでさえ、中間管理職はあいさつ回りの数が多い。  常なら正午には退出できるところを、とりあえず上司連中全員にあいさつを終えた頃には日が暮れていた。
しかも、ようやく退出しようとしたところで一番の上司に捕まったのがいけなかった。

「神子、あいさつ回りは終えたのか」
廊下の途中で声を掛けてきたのは一橋慶喜。  龍神の神子の活躍で次期将軍の地位を確約された実質の幕府第二位のひとだ。
派閥争いの最中、幕臣「小栗忠慶」に身をやつして駆け回ったのも記憶に新しい。

「はい。先ほど終えたところです」
ゆきが律儀に答える。
「朝から今までずっとか」
「そうです。思いのほかごあいさつをする先が多くて」
慶喜は少し疲れた様子で告げるゆきを見てからリンドウに視線を合わせた。
「さもありなん…と言ったところだが、少々神子には酷であったろう」
「僕のせいじゃないですよ。貴方達幕閣の人数が多いのが悪い」
皮肉を返せば咳払いをした後、再びゆきに向き直る。
「神子、餅は食べられるか」
「はい。大好きです」
「ならば、邸に寄っていくといい。雑煮を馳走してやろう」
「わぁっ、嬉しいです!朝早くからずっとごあいさつでお腹が空いてたんです」
「ちょっと神子殿…」
少しばかり嗜みの欠けた物言いにリンドウが思わず苦言をする。
一方、慶喜は裏表のない様子に満足気に微笑んだ。
「腹が減っているなら、御節も出してやろう」
「はい、黒豆とかお煮染め美味しいですよね」
「それが好物か?」
「あ、錦玉子も甘くて食べると幸せになります」
「安上がりなことだ。好きなだけ食べたらいい」
言いながら、二人は邸の方に向かって歩いていってしまう。
明日も引き続きあいさつ回りがあるゆえに、早々に引き上げるつもりが大誤算だ。
どことなく渋り気味になる足取りに”美味い酒と肴もあるぞ”と慶喜が付け加える。
溜息を一つついてからリンドウは二人の後を追ったのだった。

結局、一橋邸を辞したのは夜も更けた頃になった。
出された膳は、どれも正月料理とは思えぬ程美味しくて、舌と目を楽しませてくれるものだった。  加えて、酒も上等で美味いものだから、つい長居してしまった。
「とっても美味しかったです」
土産に栗金団を持たされたゆきは、嬉しそうに微笑む。
「御節料理は、君の世界でも食べるの?」
「はい。お家の御節は何段かの重箱にお料理を詰めてありました」
「へぇ。節会の儀式みたいだね」
「儀式…はやらないですけれど、お屠蘇を飲んだりはします」
「なるほど、興味深いね」
「こちらでは、大皿に御節料理を盛るんですね。あんなに沢山のお皿が並んで驚きました」
正直なところ、思いのほか一橋家の人々が龍神の神子に好意的で、あそこまでのもてなしを受けたことにリンドウ自身も面食らったのだが、慶喜も珍しく楽しそうにしていたこともあり、穏やかな気持ちで帰途に着いたのだった。

二日目。 再びあいさつ回りに繰り出す。
とりあえず上役たちへのあいさつは元旦に済ませたこともあり、二日目は主にゆきの御伴で知人の邸を回る。
かつての八葉たちを中心に、訪問すればお屠蘇をすすめられるのだが、ゆきに飲ませるわけにはいかないと杯はすべてリンドウが受けた。
大体、20~30軒近くを回るのだ。上役からでなければお断りしたところで角が立ったりはしないのだけれども、元来酒好きな連中なことに加えて、ゆきを挟んだ複雑な感情からちょっとした意地悪もあるのだろう。 桜智を除いてほとんどの邸で押し売り的に酒を飲まされることになった。
「チナミくんに総司さん。アーネスト、桜智さんはご挨拶できたけれど。…龍馬さんはどこへお出かけなのかな」
本拠地が江戸に無い連中のうち、龍馬は江戸に留まっているというように聞いていた。
それで、馴染みの宿屋に向かってみたものの、前日から留守にしているという。
「彼も知り合いが多い身だし、あちらこちらあいさつに回っているんじゃないのかな」
「そう…ですね。少し残念だけれど、また日を改めることにします」
「そうしたら、後は薩摩藩邸に寄ればあいさつ回りも終わりか」
「はい。平田さん元気にしてるかな」
ぐるりと回って最後は薩摩藩邸の小松を訪ねる。
彼もまた年明けからの政権交代やら何やらを控えて、江戸で年を越していた。
藩邸は年始ということもあってか、ひっきりなしに人が出入りしていて、これでは小松に対面するのも一苦労と思いきや、そこは龍神の神子の来訪である。
「まったく…休む間もないね」
飲めや唄えやの賀詞交換の場とは別室に通されてからすぐに小松は現れた。
「小松さん、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう、ゆきくん。お目付け殿にも、今年もご縁は切れそうにありませんね」
「ご縁が切れなくて申し訳なかったね。まぁ、色々と幕府も変わるけれどよろしく頼むね」
茶と酒を女中が持って来たのに合わせて、開けられた障子戸の隙間から白い猫が滑り込んでくる。
「わ、平田さん。今年もよろしくね」
ゆきが膝元までやってきて体を摺り寄せて気持ちよさそうにしている猫の背を撫でる。 その光景は、相変わらず穏やかでついさっきまで冷たい会話を交わしていた男たちも眦を下げた。

『おーい、帯刀どこいったー』

ふと、どこかで聞いた声がして小松がため息をついた。
「この声…」
「ゆきくん、お察しの通りだけれど返事をしたら駄目だよ」
声と足音が近づいたかと思うと、再び遠ざかっていく。
「ほら、見つからないうちに帰った方が身のためだよ。案内させるから」
「でも…」
「帯刀くんの言うとおりだと僕も思うよ」
リンドウが、ためらうゆきを促して座を立とうとした時だった。

「おっ、こんなところに居たのか…ってぇ、お嬢!?」

がらりと廊下側の障子戸が開いて龍馬が現れた。
相当酒を飲んでいるのだろう。いつも以上に陽気な雰囲気で顔も赤い。
「あけましておめでとうございます、龍馬さん」
「おう、おめでとさん!今年もよろしく頼むぜ」
ゆきが声をかければ嬉しそうに言葉を返す。
「こりゃあ、幸先のいい。まっさか、ここでお嬢に会えるとは」
「お宿に訪ねたら、龍馬さん外出されてると聞いたから。私も会えて嬉しいです」
「こら、あんまり増長させるようなことを言うもんじゃないよ、神子殿」
「そうだよ、ゆきくん。あのね、龍馬。私はこの邸を志士連中の社交場として明け渡したつもりは無いんだけれど」
「いやぁ、ここに居ると人が集まってくるから助かるぜよ」
「君もあいさつ回りに行かなくていいの」
いたいけな少女が酔っ払いに絡まれるのを防ぐべく、リンドウと小松が横やりを入れれば龍馬が思い出したように手を打った。
「そうだった。勝先生のところにあいさつに行くんだった!」
「なら、さっさと行きなさい。ゆきくんも今はどこも騒がしいからまたおいで」
「はい。お邪魔しました」
「いつでも歓迎するよ。正月明けには高杉たちもまた江戸に来るようだしね」
「そうしたら、また改めて来ますね」
小松に暇を告げて邸を出ようとすれば、龍馬が慌てて追ってくる。
「お嬢にお目付けも、この後の予定はどうなってるんだい」
「どうもなにも。邸へ帰るよ」
「それならさ、俺と一緒に勝先生の邸へ行かないか」
「お断りするよ。僕は直接関係ないし」
「つれないなぁ。なら、お嬢はどうだい?」
「私は…」
ゆきは、途中で口をつぐんでリンドウを見上げてくる。
こういう時は、行きたい気持ちはあるけれどリンドウの様子を伺っているという場合が多い。
(君の選択は多分間違っているよ…)
そう言ってやりたい気持ちもあったけれど、この先ゆきが江戸で生きていくのに知己は多いに越したことはない。
いざという時は、自分が盾になればいいか。
「ゆきがしたいようにしていいよ。僕はついていくから」
そんな覚悟を決めて彼女に告げれば、ゆきは嬉しそうに龍馬へと了承する旨を伝えたのだった。

◇◇◇

そして、場面は勝の邸に戻る。
勝の邸も、薩摩藩邸に劣らず人の出入りが激しい。
その中で挨拶やら議論やら談話やら。のべつまくなしに飲み食い会話が消費されていく。
調子にのった龍馬が地の酒と空吸を持ち出して果てない宴席が続いていた。
こういった場には慣れているリンドウでさえ食傷気味なのに、お茶だけを伴に微笑みながら嵐の渦で相槌を打ち続けるゆきは、ある意味大物かもしれない。
それでも、少しうとうとと眠気に襲われているのが見えて、リンドウは一気に酒を飲み干すと座を立つ。
「安房守、さすがに連日連れまわして彼女も限界のようですので、我々はお暇します」
視線でゆきの方を示せば、勝も納得したようだ。
「そうかい。楽しい正月を過ごせたと嬢ちゃんにも礼を言っといてくれ」
「ええ、伝えます」
「食えない目付との話もなかなか面白かったぜ。あんたの食えない上司にもよろしくな」
「はいはい。承知しました」
にやりと笑んだ勝にこちらも笑みを返すと、ゆきの腕をとって邸を後にした。

朝から出たまま、夜四つを回っていた。
ようやく自邸に戻ったころには、駕籠の中でゆきが小さく寝息を立てていた。
起こしては可哀想だとリンドウが抱き上げると、眠いせいか彼女がぎゅっと首に腕を回してくる。
「ゆき、もうすぐ君の部屋につくよ」
「は…い、ありがとうございます」
眠そうに目をしばたたかせながら、ゆきが言う。
「みんなに会えて嬉しかったけれど…でも、やっぱりここが一番安心します」
「ここって…」
当然、この邸のことを言っているのに違いないのだけれど、こうやって抱き上げている状況下で聞くには甘すぎる言葉だ。
「ねぇ、ゆき。明日は二人でゆっくりしよう」
そうリンドウが耳元で囁くと、眠りに落ちる寸前の口元に笑みが浮かんだ。

これからも二人で

「たまには、こんなのもいいかな」
そう言って、リンドウは、背後からゆきを抱きしめる腕に力をこめた。
いつもなら絶対に誘われても乗らないだろう、冬空の下のクラシックコンサート。
ゆきの不思議そうな顔に気付いてリンドウが言葉を継ぐ。
「君、勘違いしてるよね。僕は別に外出するのが嫌いな訳じゃないよ?」
「でも、寒いのは嫌いでしたよね?」
寒いのが好きなひとなんているのかな、と彼は応えて、ゆきの頭に顎を載せた。
「リンドウさん、重いです」
「ああ、でもこうやって君を抱きしめる理由にはなるから悪くないかな」
「リンドウさんってば」
「はいはい」
いなす様に言って、二人を包む厚手のストールを羽織り直す。
ふっと、辺りの照明が抑えられて暗くなった。
薄暗闇のなか、あたりはイルミネーションの光の海だけが浮かぶ。
「すごい、お星さまに囲まれてるみたい!」
珍しく興奮した様子で振り返る彼女に、思わず笑みがこぼれた。
「ほら、もう演奏が始まるよ」
周囲から拍手が聞こえるのに気付いて、ゆきが慌てて前に向き直る。寒気に鼻を擦って少し赤い。
赤い鼻をぬぐってやりながら、そのまま腕を回して抱きしめる。

新年の足音は聴こえていて、間も無くカウントダウンが始まるだろう。
耳慣れない西洋の楽器が奏でる壮大で華やかな幕開けも悪くない。

小さな声でゆきが囁く。
「年が明けたら一番に言いますね」
「なにを?僕が好きって?」
クスクスと笑い声を漏らす。
「リンドウさん、好きですよ。それと…」

カウントダウンが始まり、ゆきは一旦言葉を切って、数字を数えはじめた。

「…3、2、1」

破裂するような音と歓声の洪水の中で彼女が言った。

「リンドウさん、大好きですよ。今年もよろしくお願いします」

「こちらこそ」

新しい年も、この先も。

 

これからの二人へ

新年を迎え、初詣の後にリンドウ宅に立ち寄る。
お節料理やお雑煮などは、この後、一緒に蓮水邸で頂戴するとして、しばしの休憩だ。

お茶請けを前に箸が差し出される。
和紙の袋に入った両端を削ったものだ。

「お正月のお箸ですね」
「うん。祝い箸だよ」

ゆきは、笑顔で受け取って、しばし手にしたまま箸袋を眺めた。
心なしか、家で用意されるものと違うような気がしたのだ。
同じような、真白い和紙に包まれてはいるものの、そこはリンドウのこだわりもあって、少し違うのかもしれない。

ふと、流暢な筆致で書かれた文字に気づく。よく見れば、

「これ、私の名前ですか?」
「よく気付いたね。まあ、これが新年一番最初の君への贈り物かな」

リンドウの意図する所が分からず首を傾げる。

「祝い箸は、お正月に限らず神様をお迎えする日に使うもので、柳の白木で作るんだよ。柳は長寿を意味するし白木の香りは邪気を祓うものだから」
「そうなんですね。私、よく知らないで使ってました。でも…」

先ほど気付いたことを尋ねる。

「お箸に私の名前が書いてあるのは?」
「それは、年神さまが君のことを忘れずに守ってくださるように。目印かな」

龍神の神子な訳だし、忘れられるはず無いけどね。
そんな風に言いながら湯呑を置くと、リンドウはテーブルの向かいに腰掛けた。

「まぁ、陰陽師の僕が書いてる訳だし、御利益は二割増し位に思ってくれれば…」
「じゃあ、リンドウさんはお正月には沢山お箸に名前を書いてたんですね」
「え?なんで」
ゆきの返しにリンドウが驚いたように瞬きした。
「だって、これは陰陽師のお仕事ってことですよね?」
これには、慌てて返答がある。
「違う違う。全然そんな関連は無くて…。ごめん、僕の余計な話で勘違いさせた」
再び首を傾げるゆきに、リンドウが告げる。
「これはね、普通は一族や一家の家長が、家族の分書いてあげるものなんだよ」
「家族のために?」
「そう。あいにく、僕が一家の長であったことは無いからね。貰うことはあっても、あげたことはないよ」
「それじゃ…」
箸を手に、ゆきが俯く。
「ゆき?」
リンドウが伺うように声をかければ、ゆきは満面の笑みで顔をあげる。
「私が一番ですね!リンドウ一家の一番最初です」

これは、あまりに不意打ち過ぎて。
打算無くやったことに対して返ってきた効果はどれほどだろう。

「…本当に君は最高の神子だ」
「リンドウさん?」

リンドウが、思わず赤くなった頬と緩んだ口元を手で隠しながら告げる。

「最初で最後。ずっと一番は君だ」
「はい。嬉しいです…?」

ゆきは、顔を隠すリンドウを覗きこんだ。

「君は僕の運命のひとだからね」