ねぇ、神子さま。
どうして神子さまは、私の弟を選ばれたのです?
他にも、良き殿方はいらしたでしょう。
いいえ、決して神子さまのご選択に否やを申し上げたりはしませんわ。
ただ、身内ですから謙遜してしまうのですよ。何しろ、お側に身分も、お立場も、ずっと上の方々がいらっしゃったわけですからね。
私だって、数ならぬ身ながら宮様の御許へあがった訳ですから。ですから…
「嬉しいのですが、不安なのです」
目の前で茶器を手に親王妃が言った。
「どうして、神子さまは二条家にいらしてくださったのかしら」
「どうして、姉上はそういうことを当人の前で聞くのですか」
例によって、親王妃の護衛も兼ねて傍に侍るリンドウがこめかみを引きつらせた。
「それに、ゆきは二条家にではなくて、僕のところにきたの。間違えないで下さいませんか?」
親王妃が、ふぅ、と溜息をつく。
「こういうところが、昔から変わらないの。困ったことねぇ」
「姉上…」
この姉弟らしいやりとりを、ゆきは微笑みとともに見守っていた。
リンドウの姉姫との会話も大分慣れて、こうして彼を慌てさせる悪戯に、時折加担することもある。
「確かに不思議です。色々と辛く当たられたこともあったのに、そのことは酷いと思わないんです。なぜでしょうか」
「まあ、それは…」
「もしかしたら、師匠と弟子みたいな感覚だったのかもしれません。自分のいたらなさを感じていたから余計に。酷いことを言われてもしょうがないかなって」
「それは違いましょうとも、神子さま」
親王妃が真っ向から否定した。
「それは、余りに苛烈な環境で御心が平静を失っていたのでしょう。おいたわしいことですわ」
ちなみに、小栗…慶喜に話した時には「勘違い甚だしい」と一刀両断された。数々の意地悪にさしたる教訓など含まれていないだろう、とも。
でも、ゆき自身は何となくこの感覚は間違っていないと思っている。
はじめから、リンドウに神子と認められて遇されていたら、途中で道を踏み外していたかもしれない。
「はいはい、どうせ僕など至らぬ公家の末子ですよ。さして力も無いですしね」
「ほら、またその様なことを。従前から申していますが、貴方が至らぬのなら、それは当家や私達にも責があります。ましてや、貴方がお仕えした方々に失礼です」
姉姫にピシャリと言われて、少し不満気ながら弟が口を噤む。
どこか幼い表情に、ついに堪えきれず、ゆきは笑みをもらした。
「君も姉上も、もう少しまともな話題がないの?」
親王妃を見送り、二人で庭へ出るとすぐにリンドウが言う。
「どういう意味ですか」
「僕の話なんてしても仕方が無いという意味」
「でも、義姉上さまとは、殆どリンドウさんの話をしていますよ」
ゆきの発言に、リンドウが溜息をつく。
「何が面白いのかな…」
「面白いというか、話したいだけというか…」
再度、ひときわ大きな溜息をつくと、リンドウがボヤく。
「一体、何を話しているのやら」
怖くて聞けないよ…と、自嘲気味に言い捨てようとした時だった。
「例えば、この前はリンドウさんの初恋のお話を聞きました」
「はあっ?」
想像だにしなかった話題に度肝を抜かれる。
「ちなみに、義姉上様とは良く恋のお話をします。ご存知でしたか?義兄上様が奥様に贈られた御歌の話とか」
「別に聞きたくもない話だよ、そんなの…」
他にもどんな話をしているのか、考えるだに恐ろしい。
「そういう話をどこから仕入れてくるのかな」
「普通に、皆さんとお話している中でですよ。私もリンドウさんのことは何度も聞かれました」
「へぇ…」
「どこで知り合ったのかとか、いつから好きになったのかとか」
「まさか君、真っ正直に答えたりしてないよね」
「答えますよ」
きっぱりと言った顔は微笑んでいた。
「私とリンドウさんの出会いは、すごく劇的で一筋縄ではいかない日々を過ごしましたけれど、出会うのは運命だったんでしょう?物語のようだと皆さんに言われました」
「へぇ…」
「恋渡るお二人だったのでしょうねと聞かれたので、その通りですと答えました」
ここで少しばかりリンドウが眉根を寄せた。
「それはちょっと誇張し過ぎじゃないかな」
自分はともかく、ゆきはつい最近までこの世界の住人ですらなかったのだ。それなのに、ゆきはこの問いに満足気だった。
「そうですか?私はリンドウさんのことを好きだと気付いてからは、毎日すごくドキドキしました。いけないと思っても一緒にいる時は周囲が輝いて見えました」
想像だにしなかった告白にリンドウは言葉を継げない。
こぼれ落ちそうな笑みとともに、ゆきが言った。
「全て終わった後、二人で手を繋いで庭を眺めましたよね。あの時がそれまでで一番幸せでした。ああ、大好きなひとと一緒に居られるって嬉しいな。これから毎日共に居られる。何て素敵なんだろう…」
訳知り顏でうなづきながら彼女が指を口許に添える。
指先は唇に触れそうで触れない。
「今は、リンドウさんが大切にしてくださるから嬉しいばかりだけれど、そのうち苦しい思いもするんでしょうか」
「さあ、どうだろうね」
込み上げる思いを誤魔化すように気のない返事をすれば、ゆきが少しばかり口を尖らせた。
そんな姿を見てリンドウは苦笑した。
取り越し苦労という言葉を彼女は知っているのだろうか。
傍らの少女を見つめて告白する。
「ねぇ、そうやって拗ねて口を尖らせている君が好きだよ」
「もう、リンドウさん。ひどい」
「僕は、拗ねている君も、素直な君も可愛いよ。つれない態度で詰られたとしても、君が大好きだ」
最後は、笑みを交えて言えば、ゆきが腕をぽかりと打ってから赤くなった顔を隠すように額を埋めた。
早速、拗ねたように頬を膨らませて言う。
「嘘つき」
「嘘じゃないよ。それなら、今度の茶会で皆に話してみなよ」
残念ながら、この邸に所縁のものたちなら、一人も違えることなく肯定するだろう。
二条の末の御曹司が神子に全霊を捧げているのを知らぬものはいない。
「もう、恥ずかしいです」
「君がはじめた話でしょ」
先からチラチラと唇を行ったり来たりしている指を捕まえて口付ける。
「さっきから気になって仕方が無いんだ」
不意打ちに頬を赤くしたゆきが問う。
「何が気になるんですか?」
問いには答えず、そのまま手首を掴んで唇を奪う。
「どれくらい、君が僕を好きで、僕が君を好きかっていうこと」
答えの代わりに、もう一度二人、口付けを交わした。
【終】
(2013-5-3up)
