これからも二人で
「たまには、こんなのもいいかな」
そう言って、リンドウは、背後からゆきを抱きしめる腕に力をこめた。
いつもなら絶対に誘われても乗らないだろう、冬空の下のクラシックコンサート。
ゆきの不思議そうな顔に気付いてリンドウが言葉を継ぐ。
「君、勘違いしてるよね。僕は別に外出するのが嫌いな訳じゃないよ?」
「でも、寒いのは嫌いでしたよね?」
寒いのが好きなひとなんているのかな、と彼は応えて、ゆきの頭に顎を載せた。
「リンドウさん、重いです」
「ああ、でもこうやって君を抱きしめる理由にはなるから悪くないかな」
「リンドウさんってば」
「はいはい」
いなす様に言って、二人を包む厚手のストールを羽織り直す。
ふっと、辺りの照明が抑えられて暗くなった。
薄暗闇のなか、あたりはイルミネーションの光の海だけが浮かぶ。
「すごい、お星さまに囲まれてるみたい!」
珍しく興奮した様子で振り返る彼女に、思わず笑みがこぼれた。
「ほら、もう演奏が始まるよ」
周囲から拍手が聞こえるのに気付いて、ゆきが慌てて前に向き直る。寒気に鼻を擦って少し赤い。
赤い鼻をぬぐってやりながら、そのまま腕を回して抱きしめる。
新年の足音は聴こえていて、間も無くカウントダウンが始まるだろう。
耳慣れない西洋の楽器が奏でる壮大で華やかな幕開けも悪くない。
小さな声でゆきが囁く。
「年が明けたら一番に言いますね」
「なにを?僕が好きって?」
クスクスと笑い声を漏らす。
「リンドウさん、好きですよ。それと…」
カウントダウンが始まり、ゆきは一旦言葉を切って、数字を数えはじめた。
「…3、2、1」
破裂するような音と歓声の洪水の中で彼女が言った。
「リンドウさん、大好きですよ。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
新しい年も、この先も。
これからの二人へ
新年を迎え、初詣の後にリンドウ宅に立ち寄る。
お節料理やお雑煮などは、この後、一緒に蓮水邸で頂戴するとして、しばしの休憩だ。
お茶請けを前に箸が差し出される。
和紙の袋に入った両端を削ったものだ。
「お正月のお箸ですね」
「うん。祝い箸だよ」
ゆきは、笑顔で受け取って、しばし手にしたまま箸袋を眺めた。
心なしか、家で用意されるものと違うような気がしたのだ。
同じような、真白い和紙に包まれてはいるものの、そこはリンドウのこだわりもあって、少し違うのかもしれない。
ふと、流暢な筆致で書かれた文字に気づく。よく見れば、
「これ、私の名前ですか?」
「よく気付いたね。まあ、これが新年一番最初の君への贈り物かな」
リンドウの意図する所が分からず首を傾げる。
「祝い箸は、お正月に限らず神様をお迎えする日に使うもので、柳の白木で作るんだよ。柳は長寿を意味するし白木の香りは邪気を祓うものだから」
「そうなんですね。私、よく知らないで使ってました。でも…」
先ほど気付いたことを尋ねる。
「お箸に私の名前が書いてあるのは?」
「それは、年神さまが君のことを忘れずに守ってくださるように。目印かな」
龍神の神子な訳だし、忘れられるはず無いけどね。
そんな風に言いながら湯呑を置くと、リンドウはテーブルの向かいに腰掛けた。
「まぁ、陰陽師の僕が書いてる訳だし、御利益は二割増し位に思ってくれれば…」
「じゃあ、リンドウさんはお正月には沢山お箸に名前を書いてたんですね」
「え?なんで」
ゆきの返しにリンドウが驚いたように瞬きした。
「だって、これは陰陽師のお仕事ってことですよね?」
これには、慌てて返答がある。
「違う違う。全然そんな関連は無くて…。ごめん、僕の余計な話で勘違いさせた」
再び首を傾げるゆきに、リンドウが告げる。
「これはね、普通は一族や一家の家長が、家族の分書いてあげるものなんだよ」
「家族のために?」
「そう。あいにく、僕が一家の長であったことは無いからね。貰うことはあっても、あげたことはないよ」
「それじゃ…」
箸を手に、ゆきが俯く。
「ゆき?」
リンドウが伺うように声をかければ、ゆきは満面の笑みで顔をあげる。
「私が一番ですね!リンドウ一家の一番最初です」
これは、あまりに不意打ち過ぎて。
打算無くやったことに対して返ってきた効果はどれほどだろう。
「…本当に君は最高の神子だ」
「リンドウさん?」
リンドウが、思わず赤くなった頬と緩んだ口元を手で隠しながら告げる。
「最初で最後。ずっと一番は君だ」
「はい。嬉しいです…?」
ゆきは、顔を隠すリンドウを覗きこんだ。
「君は僕の運命のひとだからね」