式神越しの逢瀬は、予想以上に胸を揺さぶった。
「まずいな…。」
こうなることを知らなかったわけじゃない。
だから、余計に問題なわけだけど。
(僕の努力ってなんだったの?)
そこまで考えて、自分の中の矛盾にリンドウは苦笑した。
だって、本来、星の一族の先見は必然なのだ。
今日も、神子殿は額に汗しながら江戸中を駆け回っている。
庶民の言動など所詮は目先のことばかりで、見たくない現実からは目を背け、その先の手順だとかいったものはまるきり無視なんだから。
そう何度遠回しに告げても、神子殿はまるで意に介さない。ただ黙々とその使命を果たしている。
あの日、睡蓮の池で泣いている神子殿を見た時、初めて気付いたのだ。
全てを超越して世の理を導く者にも葛藤があるのだと。
ただ悪戯に神子という立場と力を振るうのではなく、少なくとも僕の神子殿は葛藤していた。
神子としての使命感。
しかし、消えゆく16歳の身空の命。
それでも取りこぼす数々の運命。
そう言ったものに涙しているのだと知って、何も変えられやしない(僕の運命も)、無力な僕の中の神子殿は変わった。
神子殿は立派に戦っている。
変えられない運命を嘆いて諦めた振りをしている自分と、市井の民草はどれだけ違うというのか。
失くせないと思って…
何とか神子殿だけでも救いたくて問いかけた。
「君、神子をやめない?」
「やめません。」
笑顔で返す君。何も出来なかった僕。
やはり、無力なのは僕の方。
正面から見つめるのが怖くて、指の隙間から見ていた現実だ。
今までの拙い人生の中でも、これ程までに悩み深い日々は無かった。
ある夜、遠い昔の父上の言葉を思い出した。
星の一族としての名前を授かった時のことだ。
一族は皆、花の名を授かり神子への献身を誓う。
リンドウ…という名が初めは嫌で仕方がなかった。
あなたの悲しみに寄り添う
花言葉は、その頃すでに自身の気質を理解し始めていた自分には皮肉めいて聴こえたのだ。
指先ひとつで未来を切り開く神子殿に、どんな悲しみがあると言うのだろう。
想像もつかないことに寄り添うなんて名前を与えられても、後向きなことしか考えられなかった。
「悲しみを与えるのは、誰なのでしょう。」
ふと疑問が零れ落ちた。
父上は微動だにせず、穏やかにおっしゃった。
「この世のすべてを救うという事は、この世のあらゆるものを背負うということ。お前などには想像できないような苦しみや悲しみを、そして喜びもすべてを一身に受けて、神子は世界を救わねばならない。星の一族は神子を支え仕えるのが使命だけれど、出来ることは非常に少ないのだよ。無力なお前は神子に何が出来る?」
「それは・・・。」
言い淀む。ただでさえ、星の一族としての力が乏しい自分に出来ることなどほとんど無い。
それは事実であり、陰陽道を修めた今であっても常に重くのしかかる蟠りだった。
「先見の通りなら…」
父上は言った。
「我々の神子は凄惨辛苦の道をゆくだろう。喜び多い時には道連れは沢山居るものだが、窮地にあって寄り添うものは多くはない。お前は、どんな時でも目を逸らすことなく、神子に寄り添い支え仕えなければならない。それは、とても辛くて苦しい道だよ。」
お前に、それができる?
正直なところ、僕の理解を超えたところにあるその問いに、僕は「是」とは答られなかった。
何も出来ず、ただ側に居ることしか出来ないなんて、考えられなかった。
自分が全霊で仕えるひとに。
きっと好きになるひとに。
「良かった…。」
式神越しの声は震えていた。
泣いていると分かって湧き上がったのは、喜びと複雑な感情。
「全てを知っているリンドウさんからの言葉だからこそ…。本当に、良かったと思えたの。」
きっと優しい微笑みを浮かべながら、美しい瞳には涙が光っているだろう。
叶うなら手ずから拭ってあげたい。
どれほど心を偽ろうとも、これ以上は自分自身を誤魔化せないことを悟った。
どれほど願ったところで、結局のところ僕には何も無い。
僕の名前と心以外、君に何もあげられない。
それが辛くて、自分が疎ましくてずっと目を逸らし続けたけれど、覚悟を決める時が来たみたいだ。
神子殿に差し出せる唯一絶対のものを、僕はひとつしか持っていない。
「早く戻っておいで。」
そう伝えて、覚悟を決めた。
こうなることは分かっていた。
その為の名前を僕は持っている。
君が辛いときも悲しいときも、ずっと側に居るから。
僕が君の悲しみも苦悩も全部知っててあげる。
どんな君でも寄り添い続けると思いを込めて。
「君に会いたい。」
誓いを胸に秘めて、僕は神子殿との会話を終えた。
君にあげるよ。
僕の身も心もぜんぶ。
【終】
(2012-03-25up)