不意の笑顔が
今日もまた、池のほとりに佇む君を見た。
その表情はどこか虚ろで、しかし、どこか遠くを見据える様に視線は静かで平かだった。
さざ波さえ立たせず池に手のひらを沈め、一点を見つめる。
声を掛ける事も憚られ、息を詰める様にして、じっと見守っていた時だった。
ふとした瞬間、さやかな風が吹き抜けて髪をさらうと、それに逆らう様に君がこちらに振り向いた。
瞳が僕を捉える。
薄く開かれていた唇が戦慄いて結ばれると、口の端を緩く持ち上げる。
わずかに覗く、小さな前歯の白さが目に痛いようで。
不思議な色香を漂わせた、儚くて消えそうな微笑み。
散り、舞い上がる命の花の光を背に、白肌は境界を無くしてほの白く輝く。
まるで、羽衣をまとった天人のようだった。
緩慢な動作で伸ばされる腕は届かず、そのまま下ろされる。
その、不意の笑みに君を失うような心地がして思わず踏み出し手を伸ばす。
触れてはいけない、と思いながら。
無謀と知っても
相反する心が同居する。
叶うだろうか、叶わないだろうか。
運命が変えようの無い絶対のものだと言っておきながら、心は抜け道を探している。
心は、覆される事を期待している。
想いは積もり続ける。夢で垣間みたあの日から。
告げてもいいだろうか、告げてはいけないだろうか。
日に日に、大きくなる声に耳を塞ぎたくなる。
大きくなる想いに痛む心臓をかきむしりたくなる。
君が、好きだった。
君が好きだ。
逆らう事は無謀と知りながら耳を塞ぐ。
君を失うのも運命なら、君に恋するのも運命だから。
真っ直ぐな瞳が
真っ直ぐと向けられた瞳に貫かれる。
矢のような鋭い視線ではないが、意思の強い眼差し。
凛としたその瞳が、少女のすべてを表していた。
頼りなげに肩を震わせるのに、いつも瞳だけは毅然とした色を保っていた。
『私は、神子をやめません』
何度、打ちのめされても身の内の炎は消えず、その瞳をますます輝かせる。
そして今。
いつしか魅入られたその瞳が、僕だけを見つめている。
「好きです」
背筋を冷たい雷が通り抜ける。
まるで、青白い稲光に打たれたような言い知れぬ愉悦と快感を走らせる。
「リンドウさんが好き」
その輝きで、見つめたものを呑み込むような瞳から視線をそらす事も出来ず、ただ喉を鳴らす。
言葉を返す代わりに、目の前で色づく唇を塞いだ。
誰より君が
何で、こんな事を考えてしまったんだろう。
それは多分、体調を崩して床に臥せっているからだ。
君はいない。
そりゃそうだ。
だって、あの子は学校に行っている。
僕の知らない、彼女だけの世界に。
ここまで考えて、溜息をつく。
我ながら嫌になる。
何てみっともないんだろう。
君が居なければ、僕はこの世界でひとりきり。
それよりも、何よりも、僕の世界は君が中心で、君が全てだ。
ただ、嫌なのは何でこんな時に、こんな事を考えてしまったのかと言うこと。
誰より君が知っている通り、ぼくは、しょうもない男で、一人じゃ生きてる心地がしない。
早く、早く帰ってきて。
側にきて知らせて欲しい。
僕は、ひとりじゃないことを。