建ち並ぶ店のショーウィンドウから灯りが漏れ歩道を照らす。
通い慣れた通学路と学校のある街の風景とはまったく違う景色の中で一人佇む。
しっかりと巻き付けたマフラーの中にまで時折冷たい風が吹き込んで来て、思わず竦んだ。
本当は、もう少し早い時間に会う筈だった人は、まだ来ない。
ほっと小さなため息をついて、ゆきは左手の時計を覗き込んだ。
さっき確認してから10分も経っていない。
待ち人の訪れはもう少しかかるだろうことは分かっていた。
行きつけない賑やかな街は、冬でも葉を落とさない街路樹が綺麗に植わっていて、その奥には途切れることなく店舗が並んでいる。
そのほとんどが、鮮やかにウィンドウを飾っており、この街独特の雰囲気に加えて、冬の訪れに向けた華やかな色彩が少しばかりゆきを怯ませた。
背中には無機質なデザインの大型商業施設があって、ひっきりなしに人が出入りしている。
その目の前には有名なブランド店があって、何組ものカップルが微笑みながら扉をくぐっていくのが見えた。
そんな季節なのだ。
(そういえば、あちらの世界に居たのもこのくらいの時だった・・・)
すべてを終えたと思っていたあの頃の未熟な自分をあざ笑うように、再び落とされたのは江戸城内で、突然見知らぬ男性に口を塞がれた。
(あの時は、本当にびっくりしたな・・・でも)
あの時、初めに出会ったのが彼であったのは、本当に幸いだったと。
それだけは、心に誓って言える。
待ち人はまだ来ない。
「寒い・・・」
思わず呟くと、手袋をした手をすり合わせる。
携帯電話もあるのだし、建物の中に入ってウィンドウショッピングでもしていようか。
何度か頭を過ったのだが、あまり気乗りしない。
この街並とそれに付随する様々なもの全部、彼が来たら一緒に見て歩きたい。
手をつないで、ただそれだけのことが何よりも楽しみで。
江戸に居た時は、今よりもずっと一緒に居られる時間は多かったけれど、やはり少しばかり現実離れしたことがありすぎた。
相変わらず立場は違えども、今はもう少し等身大の、誰もが知る幸せを二人で分かち合えるのが嬉しい。
歩道は洒落た石畳に覆われていて、足早に行く人々の足音が響く。
女性の華奢なヒールの音に、男性の革靴が鳴らす音。
待ち人はもう来るだろうか。
段々と増えて行く人々が道から溢れ出そうだ。
ふと、ゆきの目の前を行くカップル同士がすれ違いざま、軽く肩を触れ合わせた。
向かってくる側の女性のまとったストールが、ふわりとこちらに向かって道へと舞い落ちる。
「あ・・・」
とっさに、ゆきはストールを拾おうと屈んだ。
その後ろから、柔い温もりが背を覆う。
拾おうとしたストールは、背後から出て来た手に拾われて、そのまま立ち上がると目の前のカップルに手渡された。
共に立ち上がったゆきの左肩には、やはり手が置かれている。
「どうぞ」
目の前のカップルが、二人とも少し紅潮していたのは寒さのせいだけだろうか。
ゆきが目線を後ろにやると案の定、良く知った温もりの持ち主が緩く微笑んでいた。
「リンドウさん」
「遅くなってごめん、ゆき」
シックな色合いのコートを纏った男性がひとり。
「お仕事、無事に終わりましたか?」
「うん、何とか。ほんとにごめんね」
肩に置かれた手に引き寄せられる。
「リンドウさん、遅いです」
「ごめん」
軽く抱きしめられた後、温もりが離れて大きな手のひらが手袋越しにゆきの手を包む。
「あ・・・」
「どうしたの?」
そのまま、ゆきの手を引いて行こうとするリンドウを呼び止める。
「ちょっと待ってください」
繋いだ手をほどいて、手袋を外してから再び手を繋ぎ直す。
「ゆき、手が冷える」
心配そうに眉根を寄せるリンドウに、微笑みとともに言い返した。
「それならリンドウさんだって」
「僕はいいんだよ」
「私もいいんです。リンドウさんの手のひら温かいですから」
それに・・・と、付け加える。
「手袋越しじゃなくて、ちゃんと手をつないで二人で歩くのがいいんです」
はじめて手をつないだ、あの冬から。
春・夏・秋と過ぎて、また冬が来た。
人波に乗って歩道を歩く。
そのうち、ショーウィンドウの愛らしいオーナメントで飾られたクリスマスツリーに引かれて足を止める。
「あの、このお店に入ってもいいですか?」
「もちろん。どうぞ、お姫さま」
言ったリンドウの手を離して扉に向かうつもりが、その手が離れない。
「!?」
そぅっと手の先を伺うと、悪戯っ子のように笑みを漏らす彼の姿があった。
「えーっと、手を・・・」
「だめ。こんなに冷えてる君の手を離すなんて僕には出来ないよ」
「私は大丈夫ですよ」
「じゃあ、僕が大丈夫じゃないから駄目」
「・・・」
懲りない小さな意地悪にちょっと口を尖らせて見つめると、リンドウが堪え切れず忍び笑いを漏らした。
「はいはい。ごめんね、行っておいで」
「リンドウさんも一緒に行くんです!」
「えぇっ?」
女性好きのしそうな可愛らしい装飾に彩られた店内へ、繋いだ手はそのままに入店する。
『いらっしゃいませ』
店員達の微笑ましげな視線を受けて、リンドウは若干居たたまれない風に店員達へ笑みを向けた。
「今日の君には逆らえないな」
「そうですよ。私、いっぱいリンドウさんのこと待ちましたから。ちゃんと付き合ってください」
「仰せのままに、お姫さま」
商品の並ぶ棚を見つめるゆきの隣にリンドウは立つと、繋いだままの手に力を込めた。
「ほんとに待たせてごめんね、ゆき。待っててくれてありがとう」
「はい」
「今日はずっと手をつないだままでいようね」
「はい・・・、え?」
「この後、食事に行く時も手をつないだまま。もちろん、地下鉄に乗る時も手をつないだまま」
「そんな!リンドウさん!?」
思わず声高に名を呼ぶと、漏れ聞こえていたのだろう。
周囲から、微笑ましいやり取りに忍び笑いが聞こえる。
「もう・・・恥ずかしい」
ちょっと油断するとこれだ。
いつも、いつも。リンドウはこうやってゆきを困らせる。
「さて、早速行こうか?」
ゆきが手にしていた小さなツリーを棚に戻させると、再びリンドウが手を引く。
「あの、リンドウさん。私、さっきのツリーを買いたいんですが」
「ここにあるよ、行こうか」
いつの間に。
リンドウの手には小さなショップバッグがかかっていて、店員の『ありがとうございました』の声に送られ店の外に出る。
「手、本当に離さないんですか?」
「君も懲りないね。僕が離さないって言ったら離さないのは知ってるはずだよね?」
こうやって、変わったようで変わらない1年を二人で過ごす。
この先もずっと、そうして行けたらいい。
ふと、空を見上げれば澄み切った空に星が瞬いていた。
「あ、オリオン座」
「こんな都会の街中でも、星が見えるものなんだね」
澄み切った冬空は、やはり変わったようで変わらない。
あの世界も、この世界も。
「次は、あのお店を見に行きたいです」
「承知しました」
雑踏の中、繋いだ手は離さないまま。
とある冬の一日が過ぎて行く。
【終】
(2012-11-25up)