ひとは、心ひとつの夢で、如何なる苦難も越えて歩いて行くことができる。
例え、今は先が見えず独りきりの道のりであっても。

水面に映る自分の中に、答えがあることをお前は知っているのではないか?
ならば、求める答えを得るまで、揺れる思いは隠して行くといい。

そもそもが、”龍神の神子の利用”など、目付の進言を容れて始めたこと。
神子自身への興味は全く無かった。

ある日、リンドウ邸で迎えの籠を待つ間に、幾つか言葉を交わした。
殆どはたわいの無い話だったが、神子がポツリと溢した言葉が気になった。
「小栗さん、夢とか…希望ってありますか?」
「さて?そなたこそ夢や希望に溢れる年頃ではないのか。」
いつも表情に乏しく、微笑みもさやかな少女は、確かにその時、自嘲の表情を浮かべた。
「私は、多分たくさんあります。あったはずなんです。」
江戸の浄化もようやく軌道に乗り始めた時だ。そのような時ほど、積もり積もった思いに悩む事もある。
本来なら、我が配下の目付殿や八葉として付き従う星の一族が慮ることだろうが、呆れたことに当代の星の一族達は、みな自身のことで手一杯だった。

本心を言えば、利用したいと思う者に踏み込むことは具合が良いことではない。
まして、相手は龍神の神子を名乗るうら若い少女。
やり方を誤れば、秘中の毒のように使い手の心身を蝕むだろう。
生半可な覚悟や並の神経なら、絆されたあげく牙を抜かれて、誤った道を選びかねない。
しかして、自身が並の神経の持ち主であるとは露ほども思ってはいない上、何故かその時は、神子と話を続けてもよいと理屈の外で感じた。
「私には、夢…成さねば為らぬことがある。これを希望というかは分からない。だが、必ずやり遂げねばならないという事は分かっている。」
「必ずやり遂げねばならない…?」
「いわば、使命か。私が此の世に生を受けるに足る理由だ。」
じっと、目を合わせたまま話を聞いていた神子が、俯き目線を外す。
「そんな風に、自分をきつく縛るのは苦しくありませんか?」
「さて、分からぬな。心ひとつで、いかなる苦難も越えて歩み続けることが出来るのは人だけだ。それに、己の中で答えは出ている。」
「小栗さん…。」
「私は止まらぬよ。苦しかろうと、そうでなかろうと。」
「ええ。そうですね。」
目付殿…リンドウの言う通りなら、今まさに身を削り前進しているだろう神子は、穏やかに微笑んでみせた。
皮肉なことだが、この神子はリンドウの思う通りにはならないだろうと、その時悟った。
少女の目は己の使命を知り進む者の瞳で、その決意を翻すことは出来ないことは、私が一番良く分かっている。
多数を導く者は、時に孤高で無くてはならない。
誰も横に居なくても、己が使命を貫き通すためには、後ろを顧みることはできないのだ。

ただ、同じ高みにある自分なら、この神子の孤独と苦悩を理解できる。
同様に、神子なら私の苦悩に気付き寄り添うてくれるだろうか?

帰りの駕籠のなかで、そんなことを考えていた自分に苦笑する。
ああ、やはりあの神子は秘中の毒であった。
予想以上に回りが早い。
骨の髄まで溶かされぬよう、用心しなければ。
己が運命まで操られ、ひとつ残らず奪われているのにまだ気付かない。哀れな目付殿を思い出し震えが走った。
まったく恐ろしい。

目付殿は、庭の池を見て泣く神子を哀れだと嘆いていたが、私はそうは思わない。
水面に映る自分の中に、答えがあることを彼女は知っているはずだ。
ならば、求める答えを得るまで、揺れる思いは隠して行くといい。
白龍の神子、彼女はそれが出来る女だ。

『慶喜さんは、慶喜さんにしか出来ないことをやってください。』

淀みなく告げた彼女の目に迷いは無かった。

「神子も、神子にしか出来ぬことをやることだ。」

この瞬間、確かに通じるものがあったと言うのは勝手だろうか。

長い夜は明けて、必ずや晴天の空の青の下、微笑う神子の姿が見られるだろう。

最後の戦いに赴く背に確信した。

 

【終】

(2012-05-10up)

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